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佐賀地方裁判所 昭和35年(わ)111号 判決

被告人 木下英昭

昭一三・一〇・一八生 既決囚

一番ケ瀬徳次

昭九・一二・一三生 既決囚

主文

被告人木下英昭を懲役八月に

被告人一番ケ瀬徳次を懲役五月に

処する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人木下英昭は、昭和三十五年二月五日、福岡地方裁判所久留米支部において、窃盗、有印公文書変造同行使、道路交通取締法違反及び業務上過失傷害の罪により、懲役一年六月(未決勾留日数中百八十日通算)の言渡を受け、同月十七日、右判決が確定し、

被告人一番ケ瀬徳次は、(イ)昭和三十三年十月三十日、佐賀地方裁判所において、窃盗及び詐欺の罪により、懲役八月、二年間執行猶予の言渡を受け、同年十一月十四日、右判決が確定し、(ロ)同三十四年六月三日、福岡簡易裁判所において、窃盗の罪により懲役六月(未決勾留日数中三十日通算)の言渡を受け、同年十月二日、右判決が確定し、ついで同年十一月十六日、右(イ)の刑の執行猶予が取り消され

いずれも既決囚として、佐賀市上多布施町千百番地佐賀少年刑務所に拘禁されて、右各刑の執行を受けていたものであるが、同じく既決囚として同刑務所に拘禁されていた高田吉忠の発意により、これら三名の監房である同刑務所青年区第三寮第八房の便所の落し口の周囲を壊して拡げ、同所から身体を抜け出すことが可能になり次第、同所から逃走しようと企て、ここに被告人両名は右高田吉忠と通謀のうえ、昭和三十五年五月八日午後八時四十分頃、おりから所内放送のラジオの音響に房内の物音が消される状況にあつたのに乗じ、三名共同して、長さ約四十一糎幅約十三糎の右便所落し口(ふち枠なし)の横べりコンクリート床を、グリ石(押第二号のもの)及び釘(押第三号)を使用して叩き壊し、その幅を約十七糎ないし十五糎余に拡げるや、まず右高田吉忠が右落し口から監房外に脱出し、その場にあつた大グリ石(押第一号)を房内に差し入れたので、さらに右落し口の幅を拡げようと、被告人両名が交互に右グリ石で落し口の周りを叩いていたが、発見をおそれた高田吉忠から早く脱出するよう外から督促されたので

(一)  被告人木下英昭は、右損壊した落し口に身体を投じ、その下部汲取口を経て同監房から脱出したうえ、右高田吉忠とともに、同刑務所の外塀を乗り越えて逃走し

(二)  被告人一番ケ瀬徳次は、右両名に引き続き、同様の方法で監房から脱出しようとしたが、同人らより少し肥えているので、このままでは落し口から身体が抜け出せぬと考え、且つ、間もなくラジオ放送も止むので、これ以上同所を壊してはその物音から犯行が発覚するおそれがあると考えたため、やむなく逃走をあきらめ、その目的を遂げなかつた

ものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

被告人木下英昭の判示所為につき

刑法第九十八条

被告人一番ケ瀬徳次の判示所為につき

刑法第百二条、第九十八条

同被告人に対する累犯加重につき

刑法第五十六条第一項、第五十七条

被告人両名に対する訴訟費用の免除につき

刑事訴訟法第百八十一条第一項但書

(被告人一番ケ瀬徳次につき加重逃走の未遂と認定した理由について)

検察官は、本件被告人一番ケ瀬徳次は他の判示二名と逃走を共謀したうえ、便所の落し口を損壊し、しかも同所から他の二名が逃走した事実がある以上、同被告人についても刑法第九十八条の共同正犯として加重逃走の既遂罪が成立すると主張するので、この点について考察する。

刑法第九十八条が通謀による逃走を単純な逃走よりも重く罰することとしているのは、二人以上通謀して逃走することが、その追跡逮捕を困難ならしめる点にその根拠があると考えられるから、通謀による加重逃走罪が成立するためには通謀した二人以上の者がともに少くとも逃走に着手することが必要であり(一種の必要的共犯)、しかもその各人の行為の態様によつて、それぞれについて既遂、未遂が各別に成立するものと解すべきである。従つて、例えば、三人の通謀者のうち、二人は逃走を遂げたが、第三人目の者は逃走に着手したのみで遂げなかつた場合は、その者については加重逃走の未遂罪が成立するに止まり、逃走の着手もしていない場合には、右の未遂罪も成立しないのである。もつとも、後者の場合においては、通謀の内容自体、又は通謀に基く行為によつて、他の者の逃走を容易ならしめた事実があるときは、別に刑法第百条の逃走を容易ならしめる罪が成立するわけである。そして右刑法第百条の罪はその実質において広く教唆、幇助の双方を含み、しかも被拘禁者を逃走せしめる目的でその逃走を容易ならしめる行為をした以上、被拘禁者が逃走に着手しなくても成立する(独立罪)ものと解せられるのである。してみると共犯形式による逃走については右の刑法第九十八条、第百条に特別の規定がおかれているのであつて、これは取りもなおさず、刑法総則の共犯規定―従つてその一である刑法第六十条―の適用はこれを排除する趣旨であるといわねばならない。そうだとすると、本件被告人一番ケ瀬は、自らは逃走を遂げていないのであるから、前記刑法第九十八条の解釈からして、これを加重逃走の既遂をもつて論ずることはできないし、また、刑法第六十条によつて他の二名の加重逃走の共同正犯として、その既遂の刑責を問うこともできないといわねばならない。

そこで次に、被告人一番ケ瀬が逃走に着手したものであるかどうかについて考えるに、元来逃走罪は国家の拘禁作用に対する侵害をその内容とする犯罪であつて、逃走とはこの拘禁を離脱することをいうのであるから、看守者の実力的支配を脱する行為にとりかかつたとき逃走に着手したものというべく、この理は加重逃走罪においても何ら異るところはない。拘禁場等の損壊、又は暴行脅迫、若しくは通謀は、刑を加重すべき事由ではあるが、それ自体は逃走行為ではないから、二人以上の者が通謀したというだけで逃走の着手ありといい得ないのはもちろん、右の損壊、暴行又は脅迫をしたというだけで、直ちに逃走の着手ありということはできない。これを例えば、逃走にそなえてまず拘禁場の一部をわずかの程度損壊し、他日さらに損壊を続けたうえ脱出しようと機会をうかがつているという場合は、いまだ予備の段階であり、これをもつて逃走の着手があるとはなし得ないものというべきである。しかしながら、このような程度に止まらず、右の損壊がより進められた結果、すでに逃げ口の完成又は殆んど完成に近い状態を作り出し、しかもその時において、直ちに脱出する意思をもつているため、全体として観察してみて、それが逃走をしようとして外部への扉を開け、又は開けかかつた状態と同一の評価をなし得るに至つたときは、もはやすでに看守者の実力的支配に対する侵害が開始されたものとして、逃走の着手があるものということができるのである。これを本件についてみると、被告人一番ケ瀬は、判示のとおり他の二名と逃走を通謀し、共同して便所落し口を叩き壊し人体が抜け出せる程度にまで拡げたもので、しかも証拠の標目掲記の各証拠によると、他の二名が同所から房外に脱出している間、自らも同人らに続いて逃走する意思をもつていたことが認められるから、その状態は、すでに外部への扉を開け、又は少くとも開けかかつた状態と同一の評価をなし得べく、従つて逃走の着手があつたものといわねばならない。この点について同被告人は当公廷において、自分は落し口に身体を入れていない旨陳述し逃走の着手を否定するものの如くであるが、かりに同被告人のいう右事実関係がそのとおりであつたとしても、そのことの故に右の評価を左右し得るものでないこと、扉を開けたが足を戸外に踏み出していないからといつて逃走の着手がないといい得ないのと同様である。

以上のとおりであるから、同被告人に対しては加重逃走の既遂罪は成立せず、この点の検察官の主張は援用できない。結局未遂をもつてその刑責を問うべきである。

なお、被告人一番ケ瀬は当公廷において、自分の刑は短いし逃げてもすぐ捕ると考えて途中から逃げる気がしなくなり、あえて逃走を思い止まつたものである旨陳述しており、中止犯の主張と解し得られるのでこの点について考えるに、前掲各証拠によると、同被告人において看守に発見される前に逃走の意思を放棄して房内の布団にくるまつていたことはこれを認めることができるけれども、前記のように他の両名が脱出する間自らも脱出する意思をもつていたことが明らかであり、逃走が未遂に終つたのは、自分よりもやせている他の二名が落し口から抜け出るのがやつとであつたところから、判示のとおり同被告人において右両名よりも肥えている自分の身体を抜け出すには損壊部分が狭いと考えたことと、さりとてこれ以上石で叩くとその音で犯行が発見されると考えて、やむなく逃走をあきらめたものであることが明らかであるから、同被告人が自己の意思によつて逃走を止めたものとはいうことができない、よつて本件が中止未遂にあたるものとはなし得ない。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 野間礼二)

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